転職ノウハウ

「1児の数学教師」ってどんな人?|このブログを書いている人の話

プロフィール記事をご覧いただき、ありがとうございます。

「このブログを書いているのは、どんな人なんだろう」
「本当に現役の教員なの?」
「なんで教員なのに転職をすすめるブログを書いているの?」

そんなふうに思って来てくださったのだと思います。

せっかくなので、少しだけ自己紹介をさせてください。

このブログ「限りある人生の過ごし方」は、教員の転職をテーマにしています。

でも私は、転職コンサルタントでも、キャリアの専門家でもありません。

今も現場に立っている40代の数学教師です。

なぜ、そんな人間が転職のブログを書いているのか。

結論を先にお伝えします。

結 論

「もっと自分の人生を生きてほしい」
それを伝えたくて、このブログを書いています。

私は40歳を過ぎるまで「自分から動くこと」をしてきませんでした。

与えられた場所で、真面目にやっていれば、いつか報われると思っていたんです。

でも、実際はそうではありませんでした。

自分から動き出したとき、初めて世界が変わりました。

そして同時に「もっと早く動いていれば」という悔いも生まれました。

この記事では、

  • 私がどんな教員だったのか
  • 何がきっかけで動き出せたのか
  • なぜ「限りある人生の過ごし方」というブログ名なのか

を、お話しします。

ぜひ最後まで読んで、私という人間を知ってもらえたらうれしいです。

今回の授業のテーマは【このブログを書いている人の話】です。

プロフィール

まずは、かんたんに私のことを。

  • 名前:1児の数学教師
  • 年代:40代
  • 職業:高校の数学教員(現役)
  • 経歴:地方の公立高校で10年以上勤務 → 国立大附属高校へ転職
  • 現在:生徒指導主事を4年務め、今年度は高校1年生の副担任
  • 家族:妻と息子が1人
  • 趣味:子どもと遊ぶこと、漫画・本を読むこと、自己研鑽

このブログには「数学パパ」というキャラクターも登場します。

あれは私自身です。

授業のあいまに、ひとことつぶやく役として出てきます。

数学パパ

ぜひ、記事の中で探してみてください。

どんな教員だったのか【原点と13年間の渇き】

まずは、私がどんな人間で、何に悩んでいたのかをお話しします。

原点はめちゃくちゃ楽しかった塾

私が「先生」という職業に憧れたきっかけは、中学生のときに通っていた塾です。

その塾がとにかく楽しくて、高校生になってからもよく遊びに行っていました。

そこには「塾の卒業生が大学生になって塾講師のアルバイトで戻ってくる」というサイクルがあったんです。

それをみて、私も「いつかここで教えたい」と思うようになりました。

そして、数学を選んだ理由もその塾にあります。

数学の先生の教え方が、めちゃくちゃ上手かったんです。 

どんな難しい問題も、魔法のように解いてしまう。

あの姿に憧れました。

高校の卒業文集に書いた将来の夢は「塾講師」でした。

「塾講師」から「学校の先生」に変わった理由

大学生になり、念願だったその塾でアルバイトを始めました。

4年間、「わかりやすく教える」ことだけに情熱を注いだと自負しています。

でも、生徒と関わるうちに、別の気持ちが芽生えてきました。

「生徒一人ひとりと対話をして、信頼関係をつくって、その子の進路に関わりたい」

塾ではそこまで踏み込めません。

担任という立場でしか、できないことがあると気づいたんです。

もう1つは学校行事です

私自身の母校が学校行事に力を入れる学校で、その準備の中で「授業では身につかない力」が育つと実感していました。

大人になったとき、学力よりもそういう力のほうが評価される。

そう考えていたんです。

大学4年生のとき、私は大手予備校の夏期講習と冬期講習に申し込みました。

有名講師の方に「学校の先生と塾の先生、どちらになるか悩んでいます」と相談するためです。

そこまでして悩んだ末、「担任」と「学校行事」に惹かれて、学校の先生になることを決めました。

▶塾と学校で迷っている方へ、こんな記事も書いています。

教員から塾・予備校へ転職するには?年収・働き方を解説」の記事へ🔗

ちなみに、学生時代は本当に「普通」でした

こう書くと意識の高い学生だったように見えるかもしれません。

でも、正直に言うと違います。

 🌀学力も高くない
 🌀部活もしていない
 🌀アルバイトもしていない

ごくごく普通の高校生でした。

当時の自分を振り返ると、こう思っていたのを覚えています。

「自分より普通な人なんて、いるのかな」

個性も、特技も、得意なことも、何もありませんでした。

今の自分を客観的に見れば、「向上心がある」「コツコツ努力できる」といった強みを挙げられます。

でも、当時はそんな自分の強みに、まったく気づいていませんでした。

だから、もし今これを読んでいるあなたが「自分には何もない」と感じていても、それは気づいていないだけかもしれません。

13年間、やりたいことに手が届かなかった

教員になってからの歩みは、正直に言えば、遠回りでした。

私が本当にやりたかったのは、進学指導です。

塾で磨いた「わかりやすく教える」力で、生徒の進路を切り拓く手伝いがしたかった。

でも、勤務してきた学校は、進学指導よりも生徒指導が中心の学校ばかりでした。

授業準備で残業していると、18時ごろに学校の近くから電話が入る。

「おたくの生徒がタバコを吸っている」と。

そこから生徒を呼び出して、聞き取り、指導、保護者連絡。

気づけば20時。

そのとき、思ってしまったんです。

「何のために教員になったのだろう?」

人事面談では、毎年のように「進学校に行きたい」と伝えていました。

それでも、希望は通りませんでした。

くわしい経緯は転職体験談に書いています。

「公立高校から国立大附属高校へ転職した話【現役教員のリアル体験談】」の記事へ🔗

数学パパ

真面目に待っているだけでは、変わらないこともあるんです。

40歳で気づいた「主体的に動く」ということ

ここからが、私にとって1番大きな話です。

転機は、妻の「もう一度、言いに行き!」

13年目、ある日の人事面談で私は自治体のルールを気にして、無難な希望しか言えませんでした。

家に帰ってその話をすると、妻にこう言われたんです。

「行きたい学校があるなら、そんなルールは関係なく、学校名を伝えるべきだ。明日もう一度、校長先生に言いに行き!」

翌日、私はもう一度校長に時間を取ってもらい、正直に伝えました。

すると、13年間知らなかった選択肢を教えてもらえたんです。

そこから話が動き、私は国立大附属高校に転職することになりました。

着任後の3年間、毎日4〜8時間勉強しました

転職して、最初にぶつかったのが授業でした。

それまでの勤務校は偏差値50未満。

国立大附属高校のレベルに、自分の学力が通用するのか。

この不安は本物でした。

だから、勉強しました。

着任してからの3年間、大学入試用の問題集を徹底的にやり込んだんです。

1日4〜8時間。

(正直に言うと、そこに時間を使いすぎたせいで、この学校で本当に求められていた「探究型の授業」への対応が遅れました。それができるようになるまで、4〜5年かかっています)

自分から動いたら、経験が変わった

国立大附属高校に来て、私は初めて「主体的に動く」ことを覚えました。

具体的には、こんなことです。

①夜間の大学院に2年間通った

通常勤務が終わってから大学院へ。

子どもが小さく、妻には負担をかけました。

でも、そこで出会った先生方や、学校の業務を「研究」というフィルターを通して見る経験は、私の視野を大きく広げてくれました。

②生徒の海外研修に、自分から手を挙げて引率した

引率教員の必須業務ではありませんでしたが、自分の経験のために現地の生徒へ授業をしました。

オールイングリッシュで。

授業自体はグダグダでしたが、それでも受けてくれた生徒たちと「先生と生徒」になれた気がして、授業は国境を超えるんだと実感しました。

③財団の研究助成金に申請した

やってみたい授業があり、その教材を買うために申請しました。

書類の準備も、授業の実現にも、かなりの時間を費やしました。

でも、生徒の満足度が高い授業ができました。

当時は気づいていませんでしたが、これらは全部「自分から動いた」結果です。

動かなければ、1つも経験できなかったことばかりでした。

そして同時に悔しさもあります。

40歳になるまで、私は主体的に動けていなかった。

小学生や中学生のころから主体的に動く人生を送っていたら、もっと違う景色を見られたんじゃないか。

そう思うこともあります。

でも今なら、自分の強みとして「主体性がある」と自信を持って言えます。

こういう考え方ができる自分になれた今の環境に、心から感謝しています。

数学パパ

動いた人にしか次の景色は見えません。

今も現場でつらいと感じること

いいことばかり書くのはフェアではないので、正直な話も。

今も「これはつらい」と感じることがあります。

新しいことをやろうとしても「このままでいいのではないか」と、変化を嫌う空気です。

もう1つは会議や研修の時間が長いことです。

たとえば、定期テスト期間中に校内研修が入ることがあります。

「午後は生徒がいない=教員が集まりやすい」という理屈は、一見理にかなっています。

でもテスト期間中には、

 ・テスト作成
 ・テスト採点
 ・提出物のチェック

など普段とは違う別の業務があります。

普段は行けない通院の予定を入れたり、時間休を取ったりする「教員がホッとする時間」も必要です。

研修を入れればそれらが全部削られる。

結果、定時に帰れない先生を何人も見てきました。

学校現場には、もっとスクラップ&ビルドの発想が必要だと思っています。

研修を入れるなら午後の授業をカットする。

それくらいの意識を管理職が持つべきです。

(このあたりの話は、別の記事でくわしく書いていきます)

なぜ「限りある人生の過ごし方」なのか

最後にこのブログ名に込めた意味をお話しさせてください。

ここが、私が1番伝えたいことです。

人の致死率は100%です

少し重い話をします。

人はいつ死ぬかわかりません。

・定年まで働いて、楽しい老後を迎えられるのか
・定年まで働いたけれど、心身を壊して老後を楽しめないのか
・それとも、定年を迎える前に死んでしまうのか

誰にもわかりません。

でも、世の中のほとんどの人は「自分は死なない」と思って生きているような気がします。

人の致死率は100%です。

だからこそ、自分がいつ死んでも納得できるような生き方をするべきだと、私は思っています。

子どもと旅行に行けるのはあと18年

もう1つ、私が本気で考えていることがあります。

国立大附属高校に赴任してから、子どもが生まれました。

それ以来、家族との時間を本当に大切にしようと思うようになりました。

計算してみたんです。

 ・「一緒に遊ぶ」のは、小学校に入るまで
 ・「一緒に旅行に行く」のは、長くて大学生まで

少し長く見積もって25歳までとしても、そこに高校受験や大学受験が重なれば、実際に一緒にいられるのは23年ほど。

さらに、旅行は子どもがある程度大きくならないと行ける範囲が限られます。

 ・昼寝が必要だったり
 ・アトラクションの身長制限があったり

 ・飛行機の乗り換えに耐えられなかったり

数学ぱぱ:子どもにとっても満足度の高い旅行になるのは5歳以降でしょう。

そう考えると子どもと一緒に旅行に行けるのは15~18年です。

これを多いと見るか、少ないと見るかは、人それぞれです。

でも私には、あまりにも短く感じます。

しかも、私と妻の体も日々老いていきます。

 ✅️「今」行ける旅行先
 ✅️「10年後」行ける旅行先
 ✅️「18年後」行ける旅行先

は違うんです。

だから私は、1日1日を大切にしたいと思っています。

「生徒は所詮、他所(よそ)の家の子ども」の本当の意味

このブログの他の記事で、私はこう書いています。

「生徒は所詮、他所(よそ)の家の子どもです」と。

言い方が適切でないことは、自分でもわかっています。

でも、これはネガティブな意味ではありません。

自分の子どもを大切にできない教員が、生徒を大切にできるわけがない。

そう思っているからです。

だから私は、子育てでこんなことを大切にしています。

・とにかく一緒に過ごす時間を長く取る
・授業準備をリビングでやる
(「親も勉強している=勉強するのは当たり前」という環境で育てたいから)
・子どもがピアノを習い始めたので、私も「大人のピアノ教室」に通い始めた
(「できないことをできるようにするには、努力するのが当たり前」と感じてほしいから)

※ちなみに、ピアノ教室は子育てのためというより、自分が弾きたい曲があって通い始めました。

数学パパ

自分の人生を大切にできる人が、人の人生も大切にできると思っています。

このブログで伝えたいこと

人生の大半は【労働】です

私が読者のみなさんに伝えたいことはシンプルです。

人生の大半は、労働をして過ごします。

その期間をどんな仕事で過ごすかが、人生の満足度を決めるといっても過言ではありません。

だから、このブログを読んでくださる方には「限りある人生をどう過ごすのか」をもっと深く、真剣に考えてほしいと思っています。

そのために、今の仕事に少しでも不満があるなら、転職活動だけでもしてみてほしいんです。

教員の転職の大原則

 ①転職は後出しジャンケンと同じ

 ②転職にはリスクがあるけど、転職活動はノーリスク

 ③学校現場に戻る道もある

転職活動をしてみて、今よりいい場所があれば転職すればいい。

なければ、今の学校に残ればいいだけです(ノーリスク)。

勝率100%の後出しジャンケンなんです。

だから、チャレンジしてみてほしい。

それだけです。

このブログで大切にしている3つのこと

①現役教員の目線で書く

教員転職について発信している方の多くは「元教員」です。

私は今も現場にいます。

だから、今この瞬間、学校で何が起きているかをお伝えできます。

②いいことばかり書かない

転職には、いい面も大変な面もあります。

私自身、転職して苦労したこともあります。

都合の悪いことも正直に書くことをこのブログのルールにしています。

③「辞めろ」とは言わない

私は、転職をすすめるためにブログを書いているわけではありません。

「選択肢を知ったうえで、自分で決めてほしい。」

それだけです。

読んだ結果「今の学校で頑張ろう」となっても、それは立派な答えだと思っています。

よくある質問

Q. 本当に現役の教員ですか?

  • はい。今も高校で数学を教えています。だからこそ、匿名で運営しています。

Q. なぜ顔や名前を出さないのですか?

  • 現役の教員だからです。学校や生徒に迷惑をかけたくないので個人が特定される情報は出していません。そのぶん、書いている内容には嘘がないと約束します。

Q. 教員を辞めたほうがいいと思っていますか?

  • まったく思っていません。教員はすばらしい仕事です。ただ「他の道もある」と知ったうえで選んでほしい、と思っています。

Q. 相談することはできますか?

  • お問い合わせフォームやSNSから連絡いただければ、できる範囲でお答えします。ただし、現役教員のため返信が遅れることがあります。

まとめ:あなたの人生を、もっと生きてほしい

最後まで読んでくださってありがとうございました。

もう一度、私がこのブログを書いている理由をお伝えします。

結 論

「もっと自分の人生を生きてほしい」
それを伝えたくて、このブログを書いています。

私は40歳を過ぎるまで自分から動けませんでした。

真面目に働いて、希望を出し続けていれば、いつか報われると思っていたんです。

でも、変わったのは自分から動いた日でした。

正直に本音を伝えた翌日から、13年間動かなかった状況が動き始めました。

大学院にも通いました。

海外で授業もしました。

研究助成金にも申請しました。

全部、自分から動いたから経験できたことです。

そして今、はっきり言えることがあります。

人の致死率は100%です。 

子どもと旅行に行けるのは、長く見積もっても15~18年しかありません。

時間は待ってくれません。

だからこそ、今の仕事にモヤモヤを抱えているなら、まず「知る」ことから始めてみてください。

転職活動はノーリスクです。

動いてみて、いい場所がなければ、今の学校に残ればいいだけなんですから。

このブログが、あなたの「一歩」のきっかけになれば、これ以上うれしいことはありません。

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ということで、今日の授業を終わります。